釣り師の家族

「娘の運命 その1」 

 父が釣り師。堀江渓愚。テンカラの有名人。

本を出版したり、たまにTVに出演したり、釣り好きの芸能関係の方と一緒にイベントで講演したり、年賀状が届いたり。確かにそれはちょっとした自慢ではあった。

 しかし普段の生活、特にレジャー関係はものすごーく悲惨である。

何故ならば行くところといえば河、川、河川、渓流、言い方を変えてもおんなじ「かわ」ばかり。

 遊べるような川ではない事もしばしば。むしろその方が多い。

父の一番のお気に入りだった「ダム下」など、私は一度も河原にすら降りたことがない。どんな場所なのかも知らない。私たちはただの砂利の広場でテーブルを広げて父の帰りを待つ。

 父曰く「夕まづめが一番釣れる。」そういうわけなので、父が戻ってくる頃は辺りは真っ暗闇。遠くから父が胸に付けた小さな懐中電灯の灯りがチラチラ近づいてくるのが見えると、「あーやっと帰れる。」毎回そう思う。

 それでもたまに「川に降りられないしつまんないから行かない。」というと決まって父は「今日は川に降りられるところだよ。遊べるよ。」と言う。

そこでいそいそと水遊び用のバケツや着替えを用意して車に乗り込む。

しかし・・・ついたところはご存知「ダム下」への待機場所(?)砂利広場。

それでも懲りずに誘われるたびに父にくっついていく家族なのであった。

 

「娘の運命 その2」

 私たち家族は夏休みになると、毎年母の田舎の秋田県の祖母の家に泊まりに行っていた。

その頃まだ東北自動車道が未完成で、ほとんどの道程は一般道だったのではないかと思う。そして運転手は父一人。その頃の稼業の関係のボンドの匂いのプンプンする、クーラーのないワゴン車で暑さと車酔いに耐えながら、お盆休みの渋滞の中を休憩しながら到着まで、20時間程かかったのではないかと思う。

さて、運転の嫌いな父がなぜここまで頑張れたのかというと、母の田舎の近くには「岩見山内」という父のお気に入りの場所があるらしい。

「らしい」というのは私たち家族はそこへ一度も行ったことがないので、どんな場所なのかもよく知らない。

 田舎の家に到着すると、父は挨拶もそこそこにその頃はまだテンカラではなく餌釣りだったので、子供の指ほどもあるミミズを、裏庭の堆肥の中から掘り出してすぐに消える。田舎での父との思い出は「ミミズ堀り。」何度思い出そうとしてもそれしか浮かばない。

というわけで私は今でも虫は嫌いだが、ミミズなら平気で触れる。

 

 

「娘の運命 その3」

 場所も、日時も忘れてしまったが、たぶん私が小学5年生ぐらいの時に、どこか山奥の「釣り宿」に家族で泊まりに行った。

父の運転で細い林道をどんどん進み、ついた所は山奥の古びた一軒宿。

本当になーんにもない場所だった。

荷物を置くと父はいつものごとく、母、私、妹の三人を

(中学生の姉は常に「自宅で留守番」を決め込んで一緒に出掛けることはすでに無かった。それが正しい選択だと思う。)

古びた宿に残して宿の主人らしき人とどこかへ(もちろん釣り)消えて行った。

 その宿にはTVもなかった。そのことに小学生の私は衝撃と怒りを感じた。

週末なのに、ドリフも「横溝正史ドラマシリーズ」も見られないのである。

その頃我が家では週末はいつもみんなで見ていた。楽しみにしていた。それが見られないのである。そして浅はかな自分にも少々腹が立った。姉に「留守番」を誘われたのに断ってしまった自分に。

 だがその頃からポジティブな私は、気持ちを切り替え仕方ないので母と無邪気な3歳か4歳位の妹と、日の当たる部屋の外の廊下で「しりとり」などしながら、日向ぼっこをすることにした。「散歩にでも行けばいいのに。」と思うところだが、ここは本当にまるで宮沢賢治の「注文の多い料理店」に出てくるような山の中。何が出てもおかしくないような森の中の宿。

父が宿の主人と出掛けたのもたぶん道案内がないと、帰って来られなくなるから。というわけで軟禁状態の私たち。

 日向ぼっこをしていると、廊下の隅っこが何やらうごめく気配がした。

「あれはなんだろう?」と、好奇心旺盛でツチノコ探しにも真剣に取り組んでいた小学生の私は、少しめくれた床板の端っこを部屋のちゃぶ台にあった、栓抜きで無謀にもさらにめくってみた。

「!!!!!!!」

そこには何百、いや何千という真っ赤なボディーに黒い点のある「てんとう虫」がうごめいていた。

全身鳥肌。声も出なかった。

 あの日から私はてんとう虫が大嫌いである。カワイイモチーフとして扱われることが多いが、あの日の衝撃がよみがえりまったくそうは思えない。

そしてその夜にはさらに衝撃的な出来事が起こるのであった。(続く)

 

「娘の運命 その4」

 陽もすっかり落ち外に出ると辺りは漆黒の闇。目を閉じているのか、開いているのかもわからないほど。母と妹と私の3人が不安になり始めた頃、森の奥からいつものあの父が着けた懐中電灯の小さな灯りがチラチラと近づいて来た。いつもならここで「ああ、やっと帰れる。」となるところだが、今夜は泊まりの釣りの旅。ドリフも無しの泊まり。でもいつもの倍ほっとした。
父が宿に戻ると、宿の女将が「じゃ、皆さんでお風呂どうぞ。」え?皆さん⁈一緒に⁈これもかなり衝撃的な出来事だ。

これが私が父と一緒に入った最後のお風呂…かな。
妹はみんなで入る初めての大きなお風呂にはしゃいでいた。同様に父もなぜかハイテンションだったのを、覚えているが今思えば照れ臭かったのだな。
 家族仲良く入ったお風呂の後は、父と宿の主人が話す今日釣れた魚の話しを山菜の並ぶ、地味な夕食をいただきながら聞いた。父のモットーはC&R。写真も無いので証拠は無いが、かなり大きな魚と格闘の上、釣り上げた話しを嬉しそうに話す父。
それを半ばうわの空でドリフのことを考えながら聞く私。父のまわりでくるくるはしゃぐ妹。ビールを飲んで機嫌のいい母。

そんな夕食も終ったその夜の出来事。
真っ暗な部屋の外のさらに真っ暗闇の森から突然響く

「ギャアー。ギャアギャア。」「?」
今までに聞いた事の無い恐ろしい声がした。
咄嗟に思い出したのは横溝正史シリーズのキャッチフレーズの「ぬえの鳴く夜は恐ろしい。」というあのCMの言葉。

「ぬえ?」と言った私に

「そんなわけねえだろ。ぬえというのは伝説の生き物なんだから。存在しないんだぞ。」と暗闇の中の父。(ぬえは「ヒューヒュー」いう鳴き声だというし、確かに違うが。)「じゃあなに?」「なんだろね。」中身のない会話。子供の不安を、起きるのがめんどうくさいという理由だけで解決しない父。

「ぬえ」におびえながら寝た私のその夜の夢は悪夢。。。。。だったような気がする。

 結局いつの間にか朝を迎えて、翌日宿の人にあの声の正体を聞いた。

その正体は「ムササビ」

ムササビってかわいいけれど、鳴き声はまるで「悪魔」だな。



「夢に登場」

 今日は父の一周忌。それと関係あるのかどうかわからないけれど最近私の夢にちょいちょい父が登場する。

特に変わった事をしている訳ではなく、何気ない日常の一コマ。

目が覚めた時、一瞬父が亡くなった事を忘れている程のリアルさ。

そして夢の中の父は病気になる前の父だ。そして結構若い。

 私は友人の父親よりも10歳は若い父がとても自慢だった。

娘が言うのもなんだが、ユーモアもセンスもある父が好きだった。

でも私がだんだん大人になるに従い、父と大声で怒鳴り合う程のけんかもするようになった。

でもそこは親子。さんざん怒鳴り合ったあとは一緒に夕食を食べて、普通にお笑い番組なんかを観て笑い合った。

 父と私は父が亡くなる前にもいろんなすれ違いでよくけんかをした。

きっと父はそんな私を憎たらしいと思っていたと思う。

でも。夢の中に出てくる父はいつも通り笑っている。

そして大好きだった、タモリさんが昔やっていた、イグアナや牧師さんのモノマネなんかを見せてみんなを笑わせている。

こたつに首までもぐってテレビを観ていたりもする。

本当に本当に普通の生活の一コマ。

そういえばこの頃妹もこんな風な夢をよく見るって言っていたな。




「ミステリー好き」

父が亡くなってからたまに父が電話して来る。

「亡くなったよね?」と思ったあなた。

そうなんです。が、天国かそれともどこかからか自宅の留守電に着信が来る。

「うっそー」と思われる方へ。

そこは思い込みや機械の故障と流していただいても結構です。

「信じるか信じないかはあなた次第です」っていうことです(笑)

声が録音されていたらわかりやすいし、良いがそうではない。

(良いと言うのか?そこは)

父の話をした時に必ず不可思議な形で着信がある。

そう。まるで返事をしているように。

だから多分父じゃないかな?と。

 

 私が小学生の頃、夕方になると父と二人でUFOを探しに近くの原っぱへ行った。探しにと言っても、単に二人で空を見続けるだけ。

UFOの存在を信じている二人。姉にバカにされたこともある。

それでもちょくちょく出かけた。

結局一度もUFOとの遭遇はなかったが。

 

 父は映画「未知との遭遇」が大好きだった。

今みたいにDVDが手軽に手に入る時代ではなかったので、何度も映画館に足を運んでいた。同じ映画を何回も観るために。

当時は今の映画館とは違い、朝から晩まで居て、同じ映画を繰り返して観ることができたので、行くたびに2回以上は観ていたと思う。

 テレビで放送された時には一緒に観た。

主人公がちいさな宇宙人たちに囲まれて光の中UFOに乗り込む、あのラストシーンを観て父は「良いなあ。良いなあ」と何度もつぶやいていた。

 

 先日私は映画「メン・イン・ブラック」で、割と早く亡くなった著名人たちが実は宇宙人で自分の星に帰っただけ。という設定を観ていた時にふと

「もしや」

と思ってしまった。